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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9972号 判決 1961年8月31日

原告 稲見光

被告 林圓力 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告は、「被告両名は、連帯して、原告に対し、金三、〇四〇、六二八円及びこれに対する昭和三一年八月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告三重野は、原告に対し、金二、〇七六、七四八円及びこれに対する昭和三一年八月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告両名訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。

第二原告の主張事実

一、請求原因

1  訴外田中熱機株式会社(以下単に訴外会社という。)は、昭和二七年八月一日東京地方裁判所に対して会社更生法に基く更生手続開始の申立をなし(同庁昭和二七年(ミ)第一号事件)、同年一一月二四日その旨の決定を受け、更生債権並びに更生担保権届出期日を昭和二八年一月三一日、その調査期日を同年二月一八日、管財人を山中徳助と定めてその手続を開始したが、同三一年二月一三日には同法第二七三条に基き更生手続廃止の決定を、更に同年八月七日破産宣告を受けるに至つたものである。被告三重野は、右山中の後任として、昭和二九年一一月二六日から右廃止決定までの間、更生管財人の地位にあつたもの、同林は、弁護士であり、裁判所の許可がないのにかかわらず、被告三重野の法律顧問と自称して同被告の身辺につきまとつていたものである。

2  原告は、右訴外会社に対し、左記(イ)(ロ)のとおり合計金五、一一七、三七六円の更生担保権を有する利害関係人である。

(イ) 原告は、昭和二七年四月一日、訴外会社に対し、金七、〇〇〇、〇〇〇円を利息日歩金一〇銭、弁済期同年六月一六日、期限後の損害金日歩二〇銭の条件で貸付け、この債権を担保するため、同会社所有の別紙第一目録記載不動産に第四順位の抵当権を設定し、その登記を経た。そこで、前記債権届出期日には、更生裁判所に対し、右債権につき、その公正証書謄本をもつて同日現在の残元金四、二五〇、〇〇〇円及び遅延損害金一、九四八、五〇〇円合計金六、一九六、五〇〇円を更生担保権として届け出たところ、前記債権調査期日に、管財人山中徳助から異議の申立がなされた。しかし、その後一ケ月以内に、同人において訴を提起しなかつたため、原告の右届出債権は、昭和二八年三月一七日更生担保権として確定した。(このことは、昭和三一年一一月七日右債権が破産債権として確定された旨債権表に記載されていることに照らして明かである。)右債権は、現在元金四、二五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二七年六月一七日から二九年六月一六日までの間日歩金二〇銭の割合による遅延損害金六、二〇五、〇〇〇円の残金一六九、〇一〇円、合計金四、四一九、〇一〇円の債権として残存している。

(ロ) 原告は、昭和三一年七月二〇日訴外小名木茂から前記(イ)記載の不動産に対する第五順位の抵当権附債権を譲受け、同年八月一一日その抵当権移転登記を経て、同月二〇日右訴外人からその旨訴外会社破産管財人に通知した。右譲受債権は、同訴外人が訴外会社に対して、昭和二七年四月二〇日貸付けた金一、六二五、〇〇〇円の残元金一、一二五、〇〇〇円及びこれに対する同年六月二二日から二九年六月二一日までの間日歩金二〇銭の割合による遅延損害金一、六四二、五〇〇円合計二、七六七、五〇〇円の債権で、すでに更生担保権として確定したものである。右債権の現存額は金六九八、三六六円である。

3  被告三重野は、訴外会社の更生管財人として善良なる管理者の注意をもつてその職務を逐行すべき義務を負い、被告林は三重野の法律顧問なりと自称する弁護士として法律専門家としての注意を払つて三重野の職務逐行を助けるべき義務を負うにも抱らず、故意又は過失により、両名共同して、別紙第二目録記載の物件を不当に廉価で売却することを企て、右物件が前記抵当物件と共に昭和二七年六月二三日国税滞納処分による差押を受け、かつ、工場抵当法第三条に基く抵当権の目的物となつているため、これを売却する場合には、その所在場所の土地建物と一括して売却しなければならないこと同法第七条の規定するところであるのに、これを無視し、また、抵当権者らの承諾も受けないで、同三〇年七月二六日前記更生事件の管轄裁判所である東京地方裁判所に対して、訴外会社の負担する共益債権の弁済資金とするために前記別紙第二目録記載の物件を売却する必要がある旨虚偽の事実を報告して右裁判所を欺き、翌二七日右物件の売却許可決定を得た。そして、直ちに訴外塚本栄太郎に代金一、四六五、四一〇円という不当な廉価でこれを売却し、右物件の時価少くとも金五、〇〇〇、〇〇〇円と右代金との差額相当の訴外会社の財産を減少させた。そればかりか、右代金の使用に際し、訴外会社の滞納税金として支払つた金四四三、六五〇円の残金一、〇二一、七六〇円を被告両名が勝手に費消したので、結局被告らは右物件売却の結果、訴外会社に対し、少くとも約金四、五〇〇、〇〇〇円相当の損害を与えたものといわなければならない。そして、原告の先順位にあつた抵当権者らは、昭和三一年六月二日、七月二日両日に亘つて行われた東京国税局による訴外会社財産公売処分の売得金によつてその債権全額の弁済を受けているのであるが、原告は、右売得金から金六、〇三五、九九〇円の支払を受けたけれども、右金員は前記(イ)記載の遅延損害金金六、二〇五、〇〇〇円の弁済に充当しなお(イ)の債権が存在するものであるから、被告らの右売却行為による会社財産の減少がなかつたならば、原告は、右公売処分の売得金によつて前記(イ)(ロ)の債権全額の弁済を受け得た筈である。したがつて、原告は、被告らの故意又は過失に基く前記売却行為によつて右(イ)(ロ)債権合計金五、一一七、三七六円を侵害され、その回収を不能にされて右債権相当額の損害を被つたものといわざるを得ない。そして、被告らの右所為は、被告三重野については更生管財人として払うべき善良なる管理者の注意義務に、同林については三重野の法律顧問を自称する弁護士として払うべき注意義務にそれぞれ違反するものであるから、被告三重野は、会社更生法第一〇一条、第四三条第二項により、同林は、右両条項の類推適用により、両名連帯して、原告に対し、被告らの右所為により原告の被つた前記債権相当額の損害の賠償をなすべき義務を負うものである。よつて原告は、被告らに対し、善管注意義務違反による損害賠償として、その損害金五、一一七、三七六円のうち後記のとおり、被告三重野のみに賠償を求める金二、〇七六、七四八円を差引いた金三、〇四〇、六二八円及びこれに対する原告が前記公売々得金によつて債権の弁済を受け得る筈であつた東京国税局による配当の日である昭和三一年八月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。

4  更に、被告三重野は、更生管財人として払うべき善良な管理者の注意義務を怠り、訴外会社財産を減少し、原告に次のとおり損害を与えた。すなわち、前管財人である訴外山中徳助は、昭和二九年一月一八日失火によつて原告の前記抵当権の目的物となつていた東京都大田区上池上本町二〇七番地所在家屋番号同町九四番の四木造瓦葺二階建工場一棟建坪五〇坪二階一〇坪が焼失した際、その火災保険金二、〇七六、七四八円を受領し、これを勝手に自己のために費消し、後にこの事実が発覚して辞任するに至つた。そこで、その後任として、被告三重野が管財人に選任されたのである。したがつて、被告三重野は、管財人として、右山中の着服した金員の返還に努力すべき義務を負うものであるのに、これを怠り、山中に対してその返還を要求したこともなく、また、返済のために受取つた手形が不渡となつたにも抱わらず何らその善後策を講じていなかつた。そのため、前記火災保険金は、更生裁判所の介入によつて返還された金六五〇、〇〇〇円の残額金一、四二六、七四八円については全く回収不能となつてしまつた。しかも、右金六五〇、〇〇〇円の使用にあたり、管財人としては、更生裁判所の許可を受けるか或は更生担保権者らの同意を得て、優先債権の弁済にあてるか、または弁済のため供託する等して、訴外会社の更生計画案に寄与すべき義務を負うにも拘らず、何ら適切な処置を講ずることなく、これを勝手に費消して、右金員相当額の会社財産を滅失させ、結局前記火災保険金二、〇七六、七四八円相当の損害を訴外会社に与えた。そして、前述のとおり、原告に優先する他の債権者らはすでにその債権全額の弁済を受けているのであるから、同被告の職務懈怠による右会社財産の滅失がなければ、原告は右金員相当額の債権の弁済を受け得たのであつて、原告の前記2、(イ)(ロ)の債権のうち金二、〇七六、七四八円相当が回収不能となつたのは、同被告が管財人として払うべき善良なる管理者の注意を怠つた結果である。よつて、原告は被告三重野に対し、会社更生法第一〇一条、第四三条第二項に基き、損害賠償として、金二、〇七六、七四八円及びこれに対する前記東京国税局の公売々得金配当の日である昭和三一年八月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。

二、被告らの主張に対する答弁

1  被告ら主張のように、原告が、前記2、(イ)の債権を訴外田中善助に譲渡する旨の意思表示をなしたこと、被告ら主張の裁判上の和解が成立し、主張のような履行を受けたことは認めるが、右債権譲渡とは、原告の訴外会社に対する金六、一九六、五〇〇円の債権を訴外田中善助に代金四、七九二、四五〇円で譲渡したものであるが、田中が右代金の支払をしなかつたので、原告は、譲渡の直後である昭和二七年一一月二一日、口頭で、右譲渡の意思表示は、田中の詐欺によるものであることを理由に取消した。したがつて、原告は、債務者たる訴外会社に対して債権譲渡の通知を発しなかつたし、またその承諾を求めることもしなかつたのである。かりに、右意思表示の取消が認められないとしても、原告は、被告ら主張の前記和解調書第二項において、訴外田中から、右金六、一九六、五〇〇円の債権を再譲渡され、更生担保権者としての地位を回復している。右再譲渡の時期は、更生手続開始決定後である。原告が、被告ら主張のように更生担保権届出の際、執行文の附記ある公正証書正本を提出せず、届け出た公正証書謄本には、執行文の写が添附されていなかつたことは認めるが、右公正証書については昭和二七年六月二一日すでに執行文の付与を受けていた。昭和二八年三月一七日当時、原告の各更生担保権者表の確定額の欄にはそれぞれ「〇」と記載されていたこと、更生手続廃止決定の直前まで、更生担保権者として取扱われていなかつたことは認めるが、それは、更生裁判所ら関係者の誤解過失に基くものである。原告が右各欄に「四百二十五万円」「百三十六万八千五百円」及び「五十七万八千円」とそれぞれ記入し、訴訟の結果の欄に昭和二八年三月一七日確定した旨の記載をして貰つたのは昭和三一年一一月七日である。

2  原告は、前述のとおり被告ら主張のように、昭和三一年一一月三一日公売々得金から金六、〇三五、五九〇円の弁済を受けたけれども、これは、前2、の(イ)記載の残元金四、二五〇、〇〇〇円に対する昭和二七年六月一七日から二九年六月一六日までの日歩金二〇銭の割合による損害金合計金六、二〇五、〇〇〇円のうちに充当したものである。旧利息制限法には、損害金について被告主張のような制限はない。

第三被告らの主張事実

一、請求原因に対する答弁

1  原告主張事実1のうち、被告林が同三重野の身辺につきまとつていたとの点を除き、その余の事実は認める。

2  同2のうち

(1)  ((イ)の事実について)訴外会社と原告との間にその主張の消費貸借契約が締結されたこと(但し、貸付金額は争う。)、主張の抵当権設定登記がなされたこと、原告は右債務を昭和二八年一月三一日訴外会社の更生債権届出期日に届け出たこと、右届出に対し、管財人山中徳助から異議の申立があつたこと、右期日後一ケ月以内に管財人において訴を提起しなかつたことは認める。

原告の右届出債権が更生担保権として確定したことは否認する。

原告は、その主張の債権の早期回収をはかる目的で、昭和二七年一一月一八日、同日現在の残元金、利息並びに損害金合計金六、一九六、五〇〇円の債権を全額訴外田中善助に有償譲渡した結果、訴外会社の前記債権届出期日には、すでにその債権者たるの地位を失つていたものである。このことは、原告が、右田中ほか二名を相手方として、同人の負担する前記譲渡契約上の代償債務不履行を理由に、東京地方裁判所に対して仮差押を申請し、その執行をした事実、右田中ほか二名を被告として、同庁に損害賠償請求の訴を提起し(同庁昭和二八年(ワ)第九、二八五号、同二九年(ワ)第一、三六八号)、その口頭弁論期日である昭和三〇年二月一六日、同事件の被告らとの間に、「原告(本件原告)の田中熱機株式会社に対して有する金六、一九六、五〇〇円の債権が、昭和二七年一一月一八日被告田中善助に譲渡されたことを確認する。」との条項を含む和解が成立し、原告は、この和解条項に基く田中善助の代償債務の履行として、同人所有の家屋及び電話加入権を金二、〇〇〇、〇〇〇円の代物弁済として取得し、かつ現金一〇〇、〇〇〇円の交付を受けた事実からも明らかである。

かりに、原告が右(イ)の債権者であつたとしても、原告は、前記債権届出の際、「工場抵当法第三条による建物及び機械器具抵当権設定登記第四順位」と記載した書面をもつて届け出たもので、執行力ある債務名義もしくはその謄本を添付して届け出たものではない。したがつて、更生手続上更生担保権者としての地位を取得しなかつたものであり、昭和二八年三月一七日当時、原告の残元金四、二五〇、〇〇〇円、損害金一、三六八、五〇〇円及び損害金五七八、〇〇〇円の更生担保権者表の各確定額の欄にはいずれも「〇」と記載されており、昭和三〇年一二月二〇日以前には更生手続上更生担保権者として原告が取扱われていた事実もない。また、右各表の訴訟の結果の欄に昭和二八年三月一七日原告の届出債権が確定した旨記載されているが、この記載は、昭和三〇年一二月二三日以後になされたものである。

これら更生担保権届出の際の不備は、原告が前記のように訴外田中善助にその債権を譲渡して債権者たるの地位を失つた当然の帰結である。

また、かりに、原告がその主張の更生担保権者であるとしても、その債権は弁済によつて消滅した。すなわち、訴外会社が原告から実際に借受けたのは元金四、二五〇、〇〇〇円であり、前記第四順位の抵当権によつて担保される債権の額は右元金及びこれに対する旧利息制限法(明治一〇年太政官布告第六六号)所定の制限内である年一割の利息並びに遅延損害金の最後の二年分計八五〇、〇〇〇円合計金五、一〇〇、〇〇〇円であるが、原告は、更生手続廃止後の昭和三一年一一月二一日東京国税局による滞納処分としてなされた公売売得金から、金六、〇三五、九九〇円の弁済を受けたので、右被担保債権は全部消滅している。

(2)  ((ロ)の事実について)訴外会社と訴外小名木茂間に原告主張の消費貸借契約が締結されたこと、主張の抵当権設定登記がなされたこと、小名木が主張の更生担保権者であつたことは認めるが、原告がその主張の債権及び抵当権を譲り受けたことは知らない。その余の事実は否認する。

3  原告主張事実3のうち、更生裁判所の許可を受けて、主張の物件を代金一、四六五、四一〇円で売却し、その代金から金四四三、六五〇円を東京国税局に納付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告らは、訴外会社の更生手続が、昭和三〇年六月六日、会社更生法第一九一条による清算を内容とする整理計画に目的を変更することになつたので、極力破産を避け、国税及び未払賃金等による差押公売等を防ぎ、多くの債権者の利益をはかろうと考え、更生裁判所の許可を受け、もしくは、原告を除く全債権者の同意を得る等会社更生法に基き、善良な管理者の注意を怠らず、誠意をもつてその職務を遂行してきたものである。したがつて、かりに、原告がその主張の更生担保権者であつたとしても被告らは右売却行為の際善良なる管理者の注意を怠つた事実もなく、また右行為と原告の主張する損害との間には因果関係もないのであるから、右行為をもつて、善管注意義務違反の行為として、その責任を追求することは許されない。

4  原告主張事実4は否認する。

二、原告の答弁に対する答弁

原告主張の意思表示の取消の事実は否認する。前記裁判上の和解をもつて債権譲渡の事実を確認し、かつ、和解調書に基く一部履行を受けている事実からも、取消の意思表示のなされたことは認められない。原告が田中善助から主張の債権を再譲渡されたことは認める。しかし、右債権を担保する抵当権は原告の田中への債権譲渡によつて消滅したものである。すなわち、原告は、債権のみを譲渡し、債権のみを再譲渡されたのであるから、再譲渡を受けて抵当権者となることはあり得ない。また右債権は、更生債権としての届出を経ないものであるから、その債権者は、更生手続上、利害関係人として更生手続に参加することができず、更生債権者としての取扱を受け得ない。

したがつて原告がこのような債権を譲受けたとしても更正債権者としての地位を取得する理由はない。

以上の理由により、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却されるべきである。

第四証拠関係

原告は、甲第一乃至第二二号証、第二三号証の一乃至四、第二四乃至第三二号証、第三五、第三六号証、第三七号証の一乃至三、第三八乃至第四八号証、第四九号証の一乃至三、第五〇乃至第五二号証(第三三、第三四号証は欠番)を提出し、「第一八号証は有斐閣発行のジユリスト一九五五年六月一日号である。」と付言し、証人塚本栄太郎、同田中善助、同山中徳助及び同小名木茂の各証言並びに被告三重野新本人尋問の結果を援用し、「乙第一一号証の一、二、第一二号証、第一三号証、第一六号証の一、二の各成立は知らない。その余の乙号各証の成立は認める。」と述べ、乙第一乃至第三号証、同第五号証、同第六号証、同第九号証の一、二、同第一〇号証、同第一四号証をそれぞれ援用した。

被告ら訴訟代理人は、乙第一号証の一、二、第二乃至第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二乃至第一五号証、第一六号証の一、二を提出し、証人小名木茂、同山中徳助、同島田真一及び同田中善助の各証言並びに被告三重野新本人尋問の結果を援用し、「甲第一〇号証、第二〇乃至第二二号証、第二三号証の一乃至四、第二九号証、第三五号証、第三九号証、第四一、第四二号証、第四七号証、第四九号証の一乃至三の各成立は知らない。第一三号証の成立は否認する。第一八号証が主張の書物であることは認める。その余の甲号各証の成立は認める。」と述べ、甲第二乃至第四号証、同第一七号証、同第一九号証、同第三〇号証、同第三二号証、同第三六号証、同第三七号証の一乃至三をそれぞれ援用したが甲第二四号証の成立についての認否を欠く。

理由

訴外田中熱機株式会社(以下単に訴外会社という。)が、昭和二七年一一月二四日更生手続開始の決定を受け、更生債権並びに更生担保権届出期日を昭和二八年一月三一日、その調査期日を同年二月一八日と定め、管財人には山中徳助が就任して会社更生の手続を開始したが、昭和三一年二月一三日会社更生法第二七三条に基き更生手続廃止の決定を、更に同年八月七日破産宣告を受けるに至つたものであること、被告三重野は昭和二九年一一月二六日から右廃止決定の日まで、山中徳助の後任として、訴外会社更生管財人の地位にあり、被告林は、会社更生法第一八六条の裁判所の許可を受けた法律顧問ではなかつたが、弁護士であり、被告三重野の法律顧問としてその相談にあずかつていたものであること、原告は右届出期日にその主張の債権届出をしたが、右届出には執行文の附記された公正証書正本が提出されず、公正証書謄本が添附されていたが、右謄本には執行文の写が附されていなかつたこと、右調査期日に管財人山中徳助が原告の届出債権全額に異議を述べたが、その後一ケ月以内に訴を提起しなかつたこと、昭和二八年三月一七日当時原告の届出残元金債権金四、二五〇、〇〇〇円、その損害金一、三六八、五〇〇円及び同五七八、〇〇〇円の各更生担保権者表の確定額の欄にはいずれも「〇」と記載されていたこと、右各欄の金額が原告主張のとおり「四百二十五万円」「百三十六万八千五百円」「五十七万八千円」とそれぞれ訂正され、訴訟の結果の欄にそれぞれ債権確定の趣旨が記載されたのは、昭和三〇年一二月二三日以後であること、訴外小名木が原告主張の更生担保権者であつたことは当事者間に争いのない事実である。

そこで、原告の会社更生法第一〇一条、第四三条に基く各損害賠償請求について判断するに当つては、まず管財人の損害賠償責任が、更生手続上利害関係人たるの地位を有する者に対し、その者の蒙つた損害を賠償するものであるから、本件においても、原告がその主張の更生担保権者として更生手続に参加する資格を有するや否やを考えてみなければならない。

原告は、その主張の金六、一九六、五〇〇円の債権は更生債権並びに更生担保権届出期日に届出て、昭和二八年三月一七日更生担保権として確定したものであると主張するので、この点について検討してみる。原告の届出債権全額につき、調査期日に山中管財人から異議が述べられたことは前記のとおり当事者間に争いのない事実であるから、右異議の申立により、原告の債権の確定が遮断されたか否かについて考えるに、会社更生法は、届出債権に執行力ある債務名義又は終局判決ある場合(以下単に有名義債権という。)としからざる場合とでは調査期日における異議の効果を異にし、前者については管財人といえども、同法第一五二条により訴提起によつて異議を主張しない限り、届出債権確定の効果を妨げることが出来ないものとしている。しかし、同法には、有名義債権であることを更生担保権届出書に明記し、その証拠資料を添附すべき旨の規定がないため、執行力ある債務名義又は終局判決ある場合にその旨の権利者の届出がなく、したがつて更生担保権者表にその旨記載されていなかつたときにも、確定手続の有無についてはなお有名義債権として取扱われるべきかについては、法第一三五条、第一四四条、第一五〇条において、債権確定手続の対象が更生担保権者表に記載された事項に限定されている点を考慮し、更に同法第一五二条の解釈によつて決しなければならない。そして、同条が、異議を受けた更生債権又は更生担保権が執行力ある債務名義又は終局判決のある場合に限り、異議を主張するには異議者が訴を提起すべきものと規定する趣旨は、有名義債権については、債権者の有する有利な地位若くは一たび権利の観念的形成の手続を経た事実を尊重してその権利は一応存在するものと認めるべきであるとするものである。したがつて、自己の届出た権利が、執行力ある債務名義又は終局判決のあるものであることによつて、第一五二条の適用を受けるためには、権利者において、その届出に際し、その旨を明記し、かつ、その証拠資料を提出すべきであつて、これを怠り、更生担保権者表にその旨記載されなかつた場合には、有名義債権としての取扱いを受け得ず、異議を排除して更生債権又は更生担保権の確定をはかるためには、同法第一四七条によりその権利の確定の訴を提起しなければならないものと解する。これを実質的に考察しても有名義債権たることの届出やその資料がない場合にもなお真実の有名義債権者には第一五二条の適用ありとせば、その届出の外形を信頼し、異議を述べたまま安んじて訴訟手続に出ない利害関係人をして不測の損害を被らしめることは明かであり、かくして自己の手続上の過怠により却つて自らを利する結果を来すことになるからである。そこで本件についてみるに、成立に争いのない乙第一号証の一乃至二によれば、原告が主張の更生担保権届出に際し、その届出書に、更生担保権に執行力ある債務名義ある旨記載しなかつた事実及び執行文の写の附されていない公正証書謄本のほかに、執行文の附記ある公正証書正本の存在を証明するに足る何らの資料も添附されていなかつた事実が認められる。右事実によれば、原告は、その届出債権について、有名義債権である旨の届出をしていないものとして、有名義債権者としての取扱いを受け得ないものというべく、管財人は、その調査期日に異議を述べたことにより(この点については前記のとおり当事者間に争いのないところである。)、原告の更生担保権の確定を遮断したものといわざるを得ない。したがつて、調査期日後一ケ月以内に同法第一四七条により原告が訴を提起した旨の主張がなく、またこれを認めるべき何らの資料もない本件の場合、原告の更生担保権は、結局その確定をはかり得ないこととなり、原告は更生担保権者として更生手続に参加する資格を得ることが出来なかつたものといわなければならない。

もつとも、成立に争いのない甲第三七号証の一乃至三によれば、原告の届出債権に関する各更生担保権者表の訴訟の結果欄には、原告の届出債権が有名義債権であるから、調査期日後一ケ月以内に異議者から訴が提起されなかつたことによつて更生担保権として確定した旨の記載があり、また各表の確定額の欄には「〇」の記載が訂正されて、それぞれ原告の届出債権額どおり、「四百二十五万円」「百三十六万八千五百円」「五十七万八千円」と記入された事実が認められる。

しかしながら、右訂正並びに記載が昭和三〇年一二月二三日以後になされたものであることについては、当事者間に争いがないし、証人小名木茂及び同山中徳助の各証言並びに被告三重野新本人尋問の結果や前掲甲第三七号証の一乃至三によれば、原告は昭和二八年二月一八日の調査期日後、昭和三〇年一二月二〇日頃までの間、更生担保権者として、関係人集会に出席したこともなく、管財人からも、裁判所からも更生担保権者の取扱いを受けておらず原告の届出債権は、右債権調査期日に管財人から異議を申立てられその後一ケ月以内に原告において訴を起さなかつたことによつて確定額「〇」とそれぞれ記載されたところ、昭和三〇年一二月二〇日頃前記更生担保権者表の各記載につき前記のとおり訂正を加えた事実が推認される。しかして前記認定のとおり、更生裁判所は、原告がその権利を確定し得なかつたものであるとの見解を明かにしている以上、その後に至り、更生担保権者表の記載を訂正し、又は変更するためには、会社更生法第八条により民事訴訟法第一九四条を準用してその記載の明白な誤謬につき更正決定を得て、これに基いて訂正又は変更を加えるか、或いは、記載事項の無効を訴を以て主張し、確定判決を得ることが必要であるから、この点につき原告において何らの主張のない限りたとえ甲第三七号証の一乃至三に、原告が更生担保権者であると認める趣旨の記載があつたとしても、これをもつて更生担保権者表の記載が適法に更正されて、同号証の訂正された記載どおりの効果が発生したものとして原告に更生担保権者たるの資格ありと認めることは出来ない。

次に、原告は、訴外小名木茂の更生担保権を譲受けたことによつて更生担保権者として利害関係人の地位を有するものであると主張するので、原告が小名木より譲受けた更生担保権をもつて被告らに対し損害の賠償を求め得るや否やについて判断する。

前記のとおり、原告が小名木から昭和三一年七月二〇日その主張の債権譲渡を受けたことは当事者間に争いのない事実であるが、右事実によれば、原告の債権譲受は、更正手続廃止決定後になされたものであることが明かである。したがつて、右債権譲受前である昭和三〇年七月二七日に行つたこと当事者間に争いのない被告らの物件処分行為が、かりに善良なる管理者の注意義務に違反するものであり、右債権の右行為当時の更生担保権者にかりに損害が発生したとしても、その損害賠償請求権は、損害を蒙つた当時の更生担保権者たる訴外小名木茂にあるというべく、右損害賠償請求権は更生担保権者たるの地位に附随しているものではないから、原告が同訴外人から、更生担保権として確定した債権の譲渡を受けたことにより、当然に右損害賠償請求権もまた、同人から原告に移転したものと云うことはできない。そこで原告において、小名木から損害賠償請求権を併せ譲受けた旨主張していない本件の場合、右譲受債権が更生担保権として確定したものであることをもつて、原告が法第一〇一条、第四三条の損害賠償請求権を取得したものと認めることはできない。よつて、原告の本訴請求はこの点において理由がない。

以上、原告は、その届出債権についても、譲受債権についても、法第一〇一条、第四三条の損害賠償請求権者たるの地位を有しないものであるから、これを前提とする原告の被告らに対する請求及び被告三重野に対する各請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも失当として棄却されなければならない。

よつて原告の本訴請求はすべて理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判断する。

(裁判官 柳川真佐夫 金子仙太郎 吉田欣子)

別紙 第一目録

東京都大田区池上本町二〇三番、二〇四番の跨る家屋番号同町九四番

一、木造瓦葺平家建第一組立工場 一棟

建坪一六〇坪

以下附属

同所二〇四番、二〇六番に跨る

一、木造瓦葺平家建第二組立工場 一棟

建坪一八八坪一合二勺

同所二〇一番

一、木造平家建機械工場 一棟

建坪一二八坪

同所二〇〇番

一、木造瓦葺二階建倉庫 一棟

建坪一二〇坪

外二階一二〇坪

同所同番

一、木造陸屋根平家建便所 一棟

建坪二坪

同所二〇一番

一、木造陸屋根平家建便所 一棟

建坪二坪

同所二〇四番

一、木造陸屋根平家建便所 一棟

建坪二坪

同所二〇五番

一、木造瓦葺二階建現場事務所更衣室 一棟

建坪一六〇坪五合

外二階一六〇坪五合

同所二〇八番

一、木造瓦葺平家建板金工場 一棟

建坪一八〇坪

同所二〇六番

一、木造瓦葺平家建ポンプ室 一棟

建坪三坪

同所二〇〇番

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建守衛室 一棟

建坪六合九勺

同所二〇六番

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建守衛室 一棟

建坪六合九勺

同所二〇五番

一、木造陸屋根平家建便所 一棟

建坪二坪

同所二〇八番

一、木造陸屋根平家建便所 一棟

建坪二坪

同所二〇五番

一、木造スレート葺平家建自転車置場 一棟

建坪三坪

同所二〇八番

一、木造陸屋根平家建アセチレン発生室 一棟

建坪九合一勺

同所二〇五番

一、木造スレート葺平家建炊事場 一棟

建坪六坪

同所二〇七番

一、木造スレート葺平家建消防具置場 一棟

建坪五坪

同所二〇七番

一、木造スレート葺平家建変電室 一棟

建坪七坪五合

同所二〇五番、二〇七番に跨る

一、木造陸屋根平家建整理工場 一棟

建坪三九坪

同所二〇八番

一、石造スレート葺平家建カーバイト倉庫 一棟

建坪一坪三合三勺

東京都大田区池上本町一八四番 家屋番号同町七二番

一、木造瓦スレート交葺二階建工場及び事務所 一棟

建坪九八坪

二階一二坪

以下附属

一、木造瓦葺平家建食堂 一棟

建坪一三坪五合

一、木造瓦葺平家建便所 一棟

建坪一坪一合六勺

一、木造スレート葺平家 一棟

建坪四四坪

一、木造瓦葺平家建倉庫 一棟

建坪一〇坪

一、木造瓦葺二階建物置 一棟

建坪六坪

外二階六坪

以上建物に附属する造作並びに畳建具等一式有形のまま

別紙 第二目録<省略>

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